隆景の妻――最後の小早川氏――



 少女は凪いだ瀬戸内の海を、睨み据えるように見つめていた。

 盲いた兄を、無情にも捕らえ監禁した大国を恨んでいるのか。

 運命の波に為す術もなく飲まれていく自身の無力さを呪っているのか。

 抗しても抗しきれない恋の萌芽を、持て余しているのか――。

 唇を噛み締めると、少女は居城に戻るため、松の木に繋いでいる己の馬に近寄っていった。




(1)




 沼田小早川氏(ぬたこばやかわし)の当主・正平(まさひら)には年子の兄妹がいた。
 兄は幼名を又鶴丸(またづるまる)といい、妹は永(なが)と呼ばれた。

「年を置かずに子に恵まれるとは、わしは果報者よな」

 兄妹の父・正平は眠る又鶴丸のふくよかな頬の感触を楽しみながら、児達の母である内室・須賀(すが)の方に語り掛けた。

「ほんに、この子らが沼田のお家の栄えとなればと、願うております」

 赤子をあやす妻の言葉に、正平は薄く笑った。
 沼田小早川氏は、代々の当主が早死にする家系だった。正平の父・興平(おきひら)も二十代そこそこで亡くなっている。
 小早川氏のある安芸国沼田荘は瀬戸内の港を擁する要衝であるが、あまりに小さい。出雲の尼子(あまご)氏と防長の大内(おおうち)氏というふたつの大国に挟まれ、常に身体を脅かされていた。
 分家である竹原(たけはら)小早川氏は完全に大内氏に付き従っているが、沼田小早川氏は内部に尼子派と大内派の二派に分かれているので、揺れに揺れ続けている。歴代の当主は心労が重なって早逝したといえなくもなかった。
 大永六年(1526年)四才で家督相続した正平は、十四才で遠縁の娘である三つ年上の須賀姫と結婚した。
 明くる年に又鶴丸が、その次の年に永姫が生まれ、火種を抱えながらも慎ましく幸せな日々を送っていた。


 が、時勢は刻一刻と変化する。
 尼子氏前当主・経久(つねひさ)が備後や安芸の国人衆に調略を仕掛けてきたのだ。



「常陸介、わしは尼子に付こうと思うが、どうか」

 正平は彼が幼い頃から後見役として仕えてくれている重臣・椋梨常陸介盛平(むくなしひたちのすけもりひら)に内々に問い掛ける。
 盛平は慎重な顔つきで答えた。

「舟木殿の入れ知恵でしょうか、それとも田坂殿の発案か」

 椋梨氏や舟木氏、田坂氏は小早川一族の枝分かれである。正平の叔父である舟木常平(ふなきつねひら)や田坂義詮(たさかよしあき)などは尼子に組するのに理があると見ている。

「舟木や田坂の意見だけではない、時勢を見て言うておる」
「わたしは、いましばらく様子を見るのもよいかと存じます。
 竹原小早川家や我が水軍の将・乃美殿や浦殿は大内に付いております」

 乃美又十郎隆興(のみまたじゅうろうたかおき)や浦小太郎賢勝(うらこたろうかたかつ)も沼田小早川の一族で、賢明で名を馳せている。
 浦賢勝は息子の新四郎宗勝(しんじろうむねかつ)に家督を譲り、小早川氏から独立して大内氏に臣従している。彼は度々水軍の長として戦に刈り出されていた。
 信頼する守役からの忠告に、正平は案を保留した。


 が、ことは早急に漏れ、天文八年(1539年)、大内当主・義隆(よしたか)は兵を沼田小早川氏の居城・高山城に向けた。
 椋梨盛平や乃美隆興の尽力により大内氏の許しを得たが、なお油断はならぬと高山城に城番として大内の侍を置かれることとなった。
 中央への交通要路である瀬戸内海は、大国ならば押さえておきたい箇所である。また瀬戸内の島々には海賊・村上水軍が存在しており、これらにも睨みを利かせておかなくてはならない。
 瀬戸内海に面した領土を持つ小早川氏は、尼子氏にとっても大内氏にとっても重要な氏族なのである。
 大内氏からすれば何としても手放せない。

「なんとやりきれぬことか、常に見張られて思うように動けぬ」

 夜、心中の苦しみを告げる正平を、須賀の方は優しく慰めた。


 が、苦難は折り重なるように続く。
 三才になる又鶴丸が、病に倒れたのである。



 夜中だというのに、皆目まぐるしく動いている――。辺りの煩さに目を覚ました永姫は、己の乳母が数多の小袖などを荷造りしているのに驚いた。
 永姫が起きたのに気付いた乳母は、未だ寝呆け眼を引きずっている永姫を手早く着替えさせた。

「姫さまには今宵から、椋梨殿のお城に参られることになられました」

 椋梨の城には兄・又鶴丸と何度か遊びに行ったことがある。椋梨城には盛平の面白い息子・藤次郎がいる。
 頷いた永姫に、乳母はなぜかほっとした表情をしていた。
 やがて椋梨藤次郎が永姫を迎えに来て、彼女は高山城から出た。


 実はその時、又鶴丸に恐ろしいことが起こっていた。――赤斑瘡(あかもがさ)にかかっていたのである。
 赤斑瘡(はしか)は高熱を発し続ける病で、肺や脳にも影響を及ぼすおそろしい病である。成人でも罹患して助かるのは半数あまりだというのに、幼子では致死率が高い。
 元来身体があまり丈夫ではない又鶴丸であったが、昨朝あたりから顔色がよくなかった。又鶴丸の乳母に命じて気に掛けさせていたが、やはり調子が思わしくなかったのだ。
 夜中付きっきりで看病する須賀の方の目に、赤斑瘡独特の特徴が映っていた。――衾のなかの又鶴丸は高い熱を出しており、汗を浮かべた顔には、所々赤い湿疹が出ていた。
 後継ぎの一大事に眠れぬ正平も、息子の枕元に居る。

「なんということだ……我が家の跡取りである又鶴が、赤斑瘡など……!
 わたしの軽率な行動が、神仏や厳島明神の怒りに触れたのか」

 又鶴丸の汗を拭いている須賀の方は、取り乱す夫を痛ましく眺めていた。


 赤斑瘡から隔離するため、椋梨盛平の城に預けられた永姫は、藤次郎を遊び相手にして毎日を過ごした。未だ元服していない藤次郎はまだまだ子供っぽいところがあり、永姫を甘えさせているというより、一緒になって遊び転げている。
 が、いつもと様子が違うのを肌で感じるのか、夜になると永姫はぐずった。
 共に付いてきた乳母が泣き止ませようとあやすのだが、永姫は泣き止まない。見かねた盛平の内室が抱いても同じだった。

「姫さまはいつも兄君の又鶴丸さまとご一緒にお眠りになっていらっしゃるのですよ。
 又鶴丸さまがいらっしゃらないと、眠れないようになっていらっしゃるのかもしれませぬ」

 困ったように乳母が盛平の室に言う。
 そのとき、裏の座敷が騒がしいのに気付いた藤次郎が、そっと様子を見に来た。

「あの、姫さまはまたむずかっていらっしゃるのですか」

 ほとほと参っている女人方であるが、藤次郎が姿を見せたのには驚いた。

「藤次郎、そなたは元服間近、奥向きに入るのは控えなさい」

 慌てて内室が咎める。
 が、乳母が何かを思いついたように、腕の中でぐずる永姫を藤次郎に差し出した。藤次郎は目を丸くするが、押し付けられるがまま永姫を抱いた。
 するとどうしたことか、永姫は段々と大人しくなり、藤次郎の腕の中で寝息を立て始めた。
 事の成り行きに静まり返る部屋の中、藤次郎だけが当惑していた。

「あ、あの……」

 納得いったように乳母が言う。

「姫さまはとても藤次郎殿になついていらっしゃいます。
 藤次郎殿は兄君と同じで男子でいらっしゃいますもの。姫さまは兄君を思い出されるのかもしれませぬ。
 これからは夜、藤次郎殿に姫さまをお預けいたすのがよいかもしれませぬね」

 一人置いてけぼりにされている藤次郎を除き、皆が頷いた。

 永姫が椋梨城に居る間、藤次郎は甲斐甲斐しく姫に仕えた。
 場内の者はそれを微笑ましく眺めていた。


 が、永姫が椋梨のもとで庇護されている間、又鶴丸は生死の境を彷徨っていた。
 高名な医師による看病にもかかわらず、高熱は長く続き、朦朧としている。
 又鶴丸が何とか回復に向かったのは、発病してから一月越えた頃合いだった。


 長い間高山城に詰めていた盛平が迎えに来て、やっと家に帰ってくることが出来た永姫が見たものは、父の苦渋に満ちた面持ちと、母や侍女たちの啜り泣きだった。
 自身の居室で脇息にもたれている兄・又鶴丸はいつもと変わらないような、そうでないような、不思議な趣だ。久方ぶりの兄に戯れようと永は近づく。
 が、兄は畳を見たまま永を顧みようとしなかった。
 永姫は兄の頬や身体を触る。又鶴丸は驚いた様子で、身を縮めながら永の手から逃れようとした。
 いつものように戯れただけなのに、兄が己を避けようとする。幼い永姫は兄にどういう事態が起こったのか正確に理解できぬが、何かしか起きた事だけは解り、小首を傾げた。
 やがて落ち着いてきたのか、又鶴丸は相手が誰か確かめるように永姫の身体を触り始める。

「又鶴は……永が見えぬのだよ。
 永だけでなく、父や母、乳母やの顔も見えなくなってしまったのだ」

 正平は永姫が解り得ぬと知りながらも、涙声で真実を告げる。
 困惑している永姫の髮や頬に触れて相手を確かめようとする又鶴丸を、正平は強く抱き締めた。


「これから沼田小早川氏はどうすればよいのであろう。
 頼みの後継ぎが盲いてしまうとは……。
 我が家運のなんと拙きことか」

 永姫が落ち着いてから、正平は須賀の方や椋梨盛平を別室に呼んで話した。
 盛平は少しく笑みを刻んで答えた。

「赤斑瘡となれば、死することも多い病。助かったとしても、頭をやられうつけになるなど、あとがようござらぬ。
 幸い若君は盲いられただけで、物事を理解する力は失っておられぬ。
 命あっての物種ですぞ」
「確かに……」

 正平は吐息する。

「殿、また男児を生みましょうぞ。もう一人か二人、お須賀には生めます」
「それもそうだな」

 須賀の方の励ましに幾分癒されたのか、正平はやっと笑みを見せた。











 天文十一年(1542年)、大内義隆が尼子氏を攻略するため出雲に出兵することとなった。
 前年に尼子氏の陰の当主・経久が亡くなり、現当主・詮久(あきひさ)は若年ゆえ経久に比べれば御しやすい。義隆はそう判断し行動を起こした。
 この戦いには大内勢の他、周防・安芸・石見の国人衆も参戦した。正平も小早川の軍勢を率いて従軍することとなった。
 尼子攻略の戦は長丁場になり、一年経過しても大内氏に従う安芸国人衆は出雲に停められていた。

「出雲にある殿は、今頃ご無事であろうか……」

 高山城にて留守居する須賀の方は、五月の長雨を窓から見つつ、留守居役の侍・真田大和守(しんでんやまとのかみ)に心中の不安を告げた。
 竹原小早川氏とは違い、沼田小早川氏は大内義隆に良いように思われていない。
 先々年竹原小早川氏の当主・興景(おきかげ)が病没した。そこで大内義隆は安芸国吉田荘の国人領主である毛利元就(もうりもとなり)に、彼の三男・徳寿丸(とくじゅまる)を養嗣子として差し出すよう篤(あつ)く命じていた。
 興景の内室が毛利元就の姪であることも養子縁組の理由であるが、元就が嗣子である隆元(たかもと)を大内へ人質に差し出していることもあったため、義隆は元就を重視し、より竹原小早川氏を操縦しやすくするため、毛利の者を入れようと画策しているのである。
 ともあれ、本来分家である竹原小早川氏のほうが大国・大内氏に覚えがめでたく、沼田小早川氏の印象は悪くなる一方である。
 一昨年には舟木常平が尼子方に通じようとして、義隆により自害に追い込まれている。
 須賀の方は夫が危うい役目を任じられないか、危惧していた。

「わたくしは朝夕に神仏に祈り、三島明神や厳島明神にもご加護を願っております。
 されど……」

 言いかけたとき、須賀の方の耳に、慌てふためく足音が聞こえてきた。

「何事じゃ!?」

 真田大和守が身を乗り出したとき、書状を持った侍が駆け込んできた。

「椋梨常陸介殿から、火急の報せにて……!
 殿は出雲の鴟巣川(とびのすがわ)にて尼子の兵に囲まれ、ご自害あそばされました……ッ!」
「何とッ、それは真実かッ!」

 わらわらと侍が集まってくるなか、真田大和守が叫ぶ。

「殿が……」

 一言呟くと、須賀の方はその場で倒れ臥した。



 天文十二年六月、打ち拉がれくたびれた様で、椋梨盛平や乃美隆興等が率いる沼田小早川勢が高山城に帰着した。
 正平は亡骸さえも帰ってくることが出来ず、遺骨無き状態で菩提寺である米山寺(べいざんじ)にて葬儀が営まれた。

「出雲の月山富田城は堅牢にて、大内軍は長々と攻撃を仕掛けましたが、仲間内に裏切り者が出るなど状況が悪くなり、五月に撤退いたしました。
 お屋形さまは毛利軍と我が小早川軍に殿(しんがり)を申し付けられ退去いたしましたが、我らは尼子の伏兵に狙い撃ちされ申しました。
 尼子の兵に追い詰められた殿は、わたしや乃美又十郎殿に毛利軍と行動を供にし、生きて又鶴丸さまを支えよと仰せられました」

 今は尼姿である須賀の方に、男泣きして椋梨盛平は語った。
 未だ夫を失った痛手から立ち直れず、須賀の方はとつとつと盛平に言う。

「ほんに、我が沼田小早川家は神仏に見放されているとしか思えぬ。
 さらなる男児誕生を祈ったがかなえられず、また殿にも先立たれてしまう。
 これからこの家はどうなるのであろう」

 数珠をまさぐる須賀の方に、盛平は涙を拭い力強く宣した。

「ご案じめされますな、椋梨常陸介、又鶴丸さまを力の及ぶ限り後継者として守り立ててまいります!
 盲であったとて、立派に沼田荘を治める領主としてお育てしてみせましょうぞ!」

 力強い盛平の言葉に、須賀の方は袖で涙を抑えた。

「頼みましたよ」

 盛平は真剣な表情で頷いた。



「よいのか、あのようなことを申しても」

 声を掛けられ、盛平は振り向く。
 須賀の方の居室を出て廊下を歩く盛平を待ち受けていたのは、乃美隆興だった。

「お屋形さま(大内義隆)は盲の領主をよいようには思われぬだろう。
 その上、再三徳寿丸殿を竹原小早川にやるよう、毛利の大殿にお声を掛けていらっしゃる。毛利の大殿が頷かれるのも時間の問題だ。
 そうなれば、五体満足な徳寿丸殿に皆の目が行くようになる」

 隆興の言葉に、盛平は眉を顰める。
 噂によれば、毛利元就の三男・徳寿丸は非常に利発で、知恵も廻るらしい。今は幼少だがよいが、成長すれば嫌がおうにも人の目を引くだろう。――そうなれば、又鶴丸の存在が徳寿丸の影に隠れてしまう。
 そして、近頃の毛利の動きは、どうにもきな臭い。
 当主の元就は智略を巧みとし、外戚である高橋氏を討って領地を併呑した。元就は娘を宍戸氏に嫁がせ縁戚となり、一時尼子氏に付いた天野氏を大内氏と結ぶ仲介を行い、天野氏は毛利氏と結託した。――毛利元就の廻りには、安芸国人衆が取り巻いている。元就は、着実に力を着けてきている。
 その元就の子が、分家である竹原小早川家に来るのだ。
 盛平は唾を飲み込んだ。

「又十郎殿は、毛利の動きをどう思われる」

 睨むように盛平は隆興を見る。
 隆興はにやりと笑った。

「わしの妻は宍戸元源(ししどもとよし)殿の娘であるからな。
 妻の甥・隆家(たかいえ)殿の妻は毛利の大殿の娘御じゃ」
「……!」

 盛平は目を剥く。
 つまり隆興は宍戸氏を通じて毛利と所縁があるのだ。隆興は徳寿丸の竹原小早川氏当主擁立を希望する側なのだ。
 今回の出雲撤退の折に、隆興は積極的に元就を助けている。
 盛平は思わず隆興に聞いてしまう。

「……おぬし、又鶴丸さまを裏切るか」
「さぁのう」

 隆興は皮肉な笑みを浮かべる。

「盲いておられる又鶴丸さまに、沼田小早川を率いていけるかな?
 徳寿丸殿にはまだ会うていないが、小早川全ての命運に託すに値する者か、これから解るだろう」

 そう言って隆興は去っていった。

 ――盲いておられる又鶴丸さまに、沼田小早川を率いていけますかな?

 隆興の言葉が、挑戦的に耳に残る。

 ――だからどうだというのだ。小早川の正嫡は正平さまの御子・又鶴丸さましかいない。毛利如きの血を沼田小早川に入れるわけにはゆかぬ。

 己は又鶴丸だけを護っていこう――椋梨盛平はそうこころに決めた。











 小早川正平の死後、すぐさま彼の長子・又鶴丸が家督を継いだ。
 が、当主が幼く全盲であることは、他の国人衆に甘く見られてしまうことに繋がる。
 天文十二年から翌年にかけて、尼子詮久は尼子方に付いた備後神辺城(びんごかんなべじょう)主・杉原理興(すぎはらただおき)を先鋒にして小早川領に攻め入る。尼子勢との戦いは高山城での籠城戦となった。
 が、杉原理興の裏切りを知った大内義隆が、安芸国守護代・弘中隆兼(ひろなかたかかね)と浦賢勝、毛利元就を救援に差し向け、椋梨盛平や乃美隆興等と力を合わせて奮戦し、これを退けた。
 そのまま弘中隆兼と浦賢勝、毛利元就は神辺城へと兵を向けた。


 籠城戦を戦い抜いた沼田小早川家中の疲労困憊は甚だしい。
 戦地に赴くのとは違い、居城にまで攻められると女子供にも戦いの実態をまざまざと見せ付けられる。女達は兵糧があるうちは炊き出しに精を出し、鎧兜や衣の繕い物に励んだ。
 戦いの渦中、当主・又鶴丸とともに奥向きに引き込んでいた永姫は、七才にして戦いの世の厳しさを思い知った。

「ねぇ、藤次郎」

 永姫は戦いの残務処理に追われる椋梨盛平の息子・藤次郎弘平(ひろひら)を呼び止めた。
 元服し藤次郎弘平と名乗るようになった彼は、今回の戦で若武者としてよく戦った。 

「何でしょう、姫さま」

 神妙な顔付きをする主家の姫に、弘平も真面目な顔を見せる。

「領主は兵を率いてこそ一人前なの?」

 単刀直入な言葉に、弘平は度肝を抜かれる。

「あの、どうしてそのようなことを?」
「浦新四郎が言ってたの」

 浦新四郎宗勝は椋梨弘平とともに又鶴丸の近習を勤めている。ゆえに、又鶴丸の妹・永姫とも親しい間柄である。
 まだ七才の永姫は言葉の意味をよく解っていないらしい。だが、その言葉は残酷極まりない。

 ――新四郎は余計な事を言う。

 苛立ちながらも、弘平は永姫に目線を合わせて言った。

「領主は指図だけすればよいのです。姫さまも今に解ります」
「解った。それまで姫は兄さまと一緒にいる。
 兄さまは御目が見えないから、姫にお外がどうなっているとか色んなことを聞いてくるの」

 弘平は頷く。
 又鶴丸はいつも居られるだけ永姫のそばにいた。永姫に城中の様子を聞き、城の外の様子を、四季の移り変わりを聞く。その様子は微笑ましくもあるが、見ているものからすれば痛々しくもある。
 永姫も武家の娘ゆえ、いつか小早川氏のために、兄から離れ他家に嫁がねばならぬ。近頃とみに永姫は可愛らしくなり、将来の予感を感じさせる。
 兄にとても懐いているゆえ、いずれくる別離を思うと弘平はやるせなくなってくる。
 沈黙する弘平に構わず、永姫は問いを続ける。

「あとねぇ藤次郎、竹原のお家に男の子が来るって本当?」

 永姫の問いにぎくりとし、弘平は姫をまじまじと見た。
 ――永姫の言うことは本当だった。この年の十一月、毛利家から徳寿丸を養嗣子として入れることが正式に決まった。竹原小早川家は先代の奥方・毛利氏を中心に準備に忙しい。

「これも、新四郎から聞いたのですか?」
「うん、その子がそのうち沼田にご挨拶に来るだろうって」
「そうですね」

 言葉を返しつつ、弘平は苦い思いをしていた。

 ――これから沼田小早川氏はどうなるか……。竹原小早川氏に、否、毛利氏に飲み込まれなければよいが。

 弘平は笑顔を作り、永姫を奥向きまで送り届けた。



 高山城の広葉樹が紅葉しだした十月の吉日、毛利徳寿丸が竹原の木村城に迎えられたと報告が入った。徳寿丸入城に際して、毛利から家臣団が付けられたことも耳に届いた。
 それから一週間後、竹原小早川家相続が調った挨拶をするため、徳寿丸が高山城にやってきた。
 徳寿丸は父に教えられたのか、それとも生来の資質なのか、居並ぶ沼田の臣の前に威儀を正していた。
 
「徳寿丸にございます。又鶴丸さまや須賀の方さまにはお初にお目にかかります。
 椋梨常陸介殿、乃美又十郎殿、どうかこれからのご鞭撻のほど、よろしくお頼みいたします」

 大人の前で背筋を伸ばし朗々と口上する徳寿丸を、母・須賀の方の隣に座る永姫はどきどきしながら見ていた。

 ――綺麗な子。それに堂々としてる。

 永姫は父の小姓たちを数多見てきたが、これほど整った面差しの少年を見るのは初めてだった。大人の前で怖気づかず、明朗快活にものを話す。

 ――何だか、すごい子だわ。

 好奇心でずっと見ている永姫の視線に気づいたのか、徳寿丸は永姫のほうに目を向ける。
 母の隣でこじんまりと座る彼女の姿を認め、彼はにっこりと笑った。
 自分に笑いかけたと解った永姫は、咄嗟に須賀の方の後ろに隠れた。
 同じように十二才の少年の堂々とした姿に感心していた須賀の方は、娘のはにかんだ行動に驚き、声を立てて笑った。

「まぁまぁ、この子は」

 須賀の方の笑い声に吊られ、家中の者も順々に笑い出す。
 ――ただ一人、又鶴丸だけが暗い面持ちをしていた。



 徳寿丸一行はその日のうちに竹原に帰った。
 永姫は寝具のなかに入っても、始めて会った少年の綺麗な笑顔を思い出し、ひとり恥ずかしがっていた。

「ねぇ、永。徳寿丸殿が好きになったの?」

 不意に隣で眠る又鶴丸に聞かれ、永姫は兄を見、驚いた。
 ――又鶴丸の表情が、非常に暗かった。
 永姫は又鶴丸が不自由な思いをしないため、自分から兄と同じ部屋で寝ることにしている。兄はそれに満足そうで、夜遅くまで話し込んでいることが多い。
 それでなくても常に側に居ることが多い兄妹だから、普通の兄妹よりとても仲が良いといえた。
 が、今宵の兄は、暗鬱な顔をしている。

「兄さま?」
「永は徳寿丸殿と一緒にいたい?」

 永姫は兄の言っている意味が解らなかった。首を傾げ、又鶴丸の表情を具に見る。

「永だけでなく、皆徳寿丸殿のほうがいいかな」
「兄さま?」
「徳寿丸殿はご立派で、目も見え自信もある。
 それに引き換えわたしは……」
「兄さま……」

 永姫は浮かれている己を恥じた。
 兄は昼間の徳寿丸に傷つけられたのだ。又鶴丸とは違い、徳寿丸は健康な身体を持ち、目も見える。自負に満ち溢れ、怖れを知らない。――又鶴丸に比べて、何もかもが恵まれている。
 兄の苦しみを知らない永姫は、鈍感にも徳寿丸と同じように又鶴丸を傷つけてしまったのだ。
 永姫は又鶴丸に抱きついた。

「わたしは兄さまのほうがいい! 徳寿さまより兄さまがいい!
 わたしは兄さまとずっと一緒に居るんだから、誰がなんと言おうと一緒に居るんだから!」
「永……」

 自分を抱き締める暖かな温もりに、又鶴丸は嗚咽しはじめる。

「皆が離れていっても、永だけはずっと一緒にいてくれるよね?」

 又鶴丸は泣きながら妹を抱き締め返した。



 戦の世では、兄妹はいつまでも一緒にいられない。
 世の流れに従い、娘は家のために嫁がなければならない。
 幼い永姫はそのことを知らずに、一生兄・又鶴丸と生きるとこころに決めた。



隆景の妻(2)へつづく





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