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- PatiPati (Ver 4.1) -
下にお礼小説がありますので、よろしかったらご覧下さい。
(蘭陵王の祖父母・高歓と婁昭君のお話です)




いっぱいいっぱい  (「不器用さも愛しい5のお題」by.浮きに絶えぬは様より)



 ――北魏・武泰(ぶたい)元年/528年・五月。



 どうも、己に関わる男たちは、己で遊ぶのが好きらしい――。

 昭君(しょうくん)がそれに気付いたのは、何かにつけ用事を作って自身を呼び寄せる夫の上司・爾朱栄(じしゅえい)が、必要以上に身体に触ったり、首筋や二の腕に腕を絡めてきたりしたからだ。
 そのたび、昭君はむきになって爾朱栄の手を払う。それが、彼には面白いらしい。
 無論、夫である高歓(こうかん)も例外ではない。
 『言うことを聞かない・生意気』という、女としての落第点を及第している昭君の性質を逆手にとって、いじめたり、からかったり、ここではいえない様々な手を使って昭君を遊び道具にする。

 ――冗談じゃないわよ、あたしはオモチャじゃないってのに。

 でも、そういうことをしてくる男たちは、昭君の審美眼からすれば「決して悪くない男」で、だから困ったりする。
 昭君からすれば、とびきりの男は夫・高歓である。
 端正な男ぶりといい、抜群な侠気といい、豪胆ながら緻密な計算ができる性格といい、昭君は彼に惚れ込んでいる。
 その分でいえば、昭君の観察では、爾朱栄はちょっと品がなく、おつむが少し足りないのか、後先考えないところが頂けなかったりする。――顔がいいから、七難を隠しているように感じ取ってしまえるけれど。
 要するに、昭君は面食いである。
 だから、高歓や爾朱栄にバカなことをされても、まぁ、許しちゃおうかな? と甘くなってしまうのである。




 北辺にあたる并州・秀容(しゅうよう)にも、夏がやってきた。
 今日もせっせと乾かした馬の排泄物を炉に投げ入れ、赤々と火を燃やす。我が子たちに通気性のいい衣服を着せるために、綿を紡いで一枚布に仕上げてゆく。

 くいくい、と上着の裾を引っ張られ、昭君は振り向く。
 息子の澄(ちょう)が、ひもじそうにお腹を鳴らしていた。その後ろには、澄の姉・涛(とう)が、弟と妹・澪(澪)と洛(らく)の肩を支えている。その腕は、がりがりに痩せ細っていた。

「ちょっと待ってね、今、ごはんにするから」

 そう言って、昭君は小麦や粟を貯蔵している大きな壺の中を見る。

 ――あっちゃ〜〜…。小麦も粟も全然足りないじゃない。

 小麦があったなら団子でも作ろうかと思っていた。が、壺の底に少し貯まっているくらいで、どうしようもない。粟も、同様である。

 ――仕方ないなぁ。小麦の粉を湯に溶かして、残りの粟を浮かべようか。
 調味料も少ないし、味も中身も薄〜〜い湯になりそうだけど。

 でも、このままではだめだ。今の食事情では、子供を栄養失調にさせてしまう。否、すでになりかけているのだから、事態は急だ。
 明日にでも、お隣に食物を頒けてもらいに行くか……昭君はこころのなかでため息を吐いた。
 もともと、昭君は裕福な豪族の出である。高歓と結婚したのが運の尽きで、夫は彼女が持ち込んだ持参金や嫁入り道具を、侠客を遇すための接待金として使い込んでしまったのだ。
 そのお陰で、高歓は爾朱栄の幕下になるコネを作れたのだから、昭君も反対してはいないが、正直、夫のせいで遣り繰りが厳しかった。

 ――あぁ、文句を言っちゃいけない。あたしはすべて承知して、賀六渾(がろっこん)殿の妻になったのだから。

 昭君が升で小麦を掬っているとき、こんこん、と戸口を叩かれた。
 出迎えにでた昭君の前に居たのは、爾朱栄の奴だった。




 爾朱栄に呼ばれて彼の館にやってきた昭君は、悠然と座っているこの館の主人を見て、むかむかしてきた。
 彼の傍らにある華美な卓子には、香ばしく焼けた獣肉や、臓物を混ぜたと思われる饅頭、ほかほかと湯気を立てている肉と韮のスープが供えてある。

 ――こっちは子供たちに食べさせる食料がなくて困っているのに、この男はいいものばっかり食べて! 頭にくるじゃないのよ!

 理不尽な怒りが、昭君の頭のなかでぐるぐる廻る。

「えぇと、御用って何でしょうか?」

 お腹をすかせた子供たちが待っているのだ。本来、こんな所に居る場合ではない。
 不貞腐れ、投げ遣りな昭君の言い方に、爾朱栄は片眉をあげて、にやり、と笑った。
 それが、余計に昭君の癇に触る。

「あの、わたしも暇じゃないんで、何もないなら帰りたいんですけどぉ?」

 不機嫌丸出しな声に、遂に爾朱栄は笑いだした。
 かちん、ときて昭君は夫の上司を睨む。
 彼女が何かを言い掛けたとき、片手を上げて爾朱栄は制した。

「まぁ、そうカリカリするな。
 ――それより、賀六渾の家では、食が尽きかけているそうだな」

 ぴくり、と昭君の頬が痙攣する。
 彼女の狼狽を覗き見するように、爾朱栄は昭君の眼を凝視する。

「おまえが俺に従うのなら、家にある食材を頒けてやってもいいんだがなぁ?」

 昭君は目を見開く。
 ――食材が、手に入る?

「わ、わたしは何をすればいいのですか?」

 子供の命が掛かっている。
 この際、薪割りだろうが炊事洗濯だろうが、館内の掃除だろうが、何でもする覚悟でいた。
 が、爾朱栄の言ったことは、信じられないことだった。

「妓女の真似事をしてもらおうか」

 昭君は瞠目する。――妓女の……遊女の、真似事!?
 つまりは、今この男に身体を売って、その代価で食料を手に入れろというのか。

「……それだけは、出来ません」

 爾朱栄を真っすぐ見据えて、昭君は告げる。
 いくらひもじいからといって、操を売るわけにはいかない。

「わたしは仮にも、婁提の孫。その誇りを汚すわけには……」
「おまえはそれでいいのかもしれぬが、おまえの馬鹿高い自負心のお陰で、子は死ぬかもしれぬぞ」

 はっと、昭君は目を見開く。
 自分は誇りを護るためなら、死ぬ覚悟もしている。
 が、そのために子供たちまで道連れにしていいのか……?
 昭君の手が、わななく。

「あ、あたしは、どうしたら……」
「取り敢えず、襦袢姿になったらどうだ?」

 手を掻き合わせて固まってしまう昭君に、爾朱栄はにっ、と笑う。

「どうした、子が飢え死にするぞ……」

 爾朱栄の声が、悪酔いしたように昭君の頭のなかでうねる。
 子供たちのためにすることは――ひとつしかない。
 昭君は帯に手を掛け、衣擦れをさせて解いた。
 震える手で、胡服のあわせに手を掛ける。
 ふさり、とフェルト生地で出来た衣服が床に落ちる。
 薄物の襦袢だけになった昭君は、胸を手で隠し爾朱栄をねめつけた。

「――手を退けて、こちらに来い」

 手招きされ、昭君はびくり、とする。

「子供らがどうなってもいいのか?」

 我に返って、昭君は震える足を一歩出した。

「賀六渾殿ぉ……」

 爾朱栄に気付かれないくらいの小さな声で、昭君は高歓の名を呼んだ。
 助けて――と。






「いじめるのは、それくらいにしてやってくれませんか?」

 差し出された手に掌を重ねかけたとき、戸口で低い声が響いた。
 弾かれたように、昭君は振り返る。

 ――戸に肘を突いた状態で、高歓が立っていた。

 思わず、昭君は夫に駆け寄る。

「やれやれ……遊戯は終了だな。
 賀六渾、その女を連れて帰れ」
「言われなくとも、そうします」

 気分を害した声で言い、高歓は彼女に胡服を着せる。帯を結び終えたところで、高歓は呆れたように告げた。

「あなたは悪趣味ですね。
 『面白い遊びをするから来い』と言われて来てみれば、わたしの妻をなぶりものにしようとしている」

 くっ、と笑い、爾朱栄は悪怯れたふうもなく言った。

「なに、そろそろおまえが来る頃だと思っていたのでな。
 いいから、子供らのもとに帰ってやれ」

 手を振って追いやられ、昭君は夫とともに爾朱栄の館から下がった。






「おまえは、無防備すぎるな」

 帰り道、機嫌の悪い高歓に告げられ、むっとした昭君は言い返した。

「……仕方がないじゃない、子供たちの命が掛かっていたんだから!
 あたしひとりのことなら、迷わず自害していたわ」

 あの時、昭君は本気で自害するつもりでいた。
 子供たちのために爾朱栄に抱かれたとしても、汚された身では夫や子供たちに合わせる顔がない。
 伝わってくる昭君の本音に、歩きながら高歓は昭君の頭を胸に引き寄せた。

「……間に合って、よかったな」

 ぽつり、と呟かれた夫の言葉に、昭君の目から涙が溢れた。
 小さく声を漏らして泣く彼女を、高歓は咎めなかった。



「……どうして、こうなってるの?!」

 帰ってみて、ふたりは驚かされた。
 爾朱栄の卓の上に乗っていた料理が、そっくりそのまま高歓宅の食卓に置かれていた。
 子供たちはすでに食事を済ませ、満腹で眠そうな顔をしている。
 穀物を貯蔵していた壺には、米や大麦小麦がたっぷり入っていた。潰された鳥や熟成された肉が、いくつか土間に置いてある。

「……つまり、わたしたちは大都督(だいととく)に一本獲られたわけだな。
 おまえが遊ばれている間に、食料が運ばれたようだ」

 呆然と呟く高歓に、昭君はへなへなと床に崩れた。

「……あ〜〜ッ、もう! 人をオモチャにしてぇっ!」

 つまりは、初めから爾朱栄の掌の上で遊ばれていたのだ。
 昭君が爾朱栄に完全に屈する前に高歓が訪れるのも、爾朱栄の計算の内だったのだ。
 ――まったく、情けないったら、ありゃしない。

 困ったような顔をして目を上げた昭君に、高歓は苦笑いした。





 後日、昭君のもとに爾朱栄から一式の漢風の衣裳が届けられた。
 添えてあった手紙に、何日か後に新帝即位と、太原王封爵と大将軍就任の内祝いの祝宴を張るので、女給としてこれを着てまいれ、とあった。
 衣裳は奇抜なもので、透けた羅の素材の上着に、胸の上が切れていて袖がない裳が主体の服装だった。

 ――こ、こんなものをあたしに着ろっていうの?!

 げんなりしながら、一応服に身を通してみて、更に驚いた。

 ――ぴったりじゃないの。いつ、あたしの身体の寸法を測ったんだろう。

 そう考えて、はっとする。
 きっと、あの時だ。――遊女の真似事をせよと、脅されたときだ。
 昭君はふうっ、と息を吐いた。
 まったく、適わない――改めて、少しだけ爾朱栄を見返した。
 それよりも、腹が立つことがある。




「何よ、胸のサイズまでぴったりにしなくてもいいじゃない!」




 胸が目立つ服なのに、まったく詰め物なしのそのままの寸法なので、「十人並みの胸」が誤魔化されない。



 昭君はちょっぴり、爾朱栄が恨めしくなった。